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岐阜地方裁判所多治見支部 昭和51年(ワ)96号 判決 1978年5月26日

原告

楠葉政雄

被告

曽根義久

ほか一名

主文

被告曽根義久は原告に対し、金六〇八万九四三二円および内金五五三万五九三二円に対する昭和四九年一二月二〇日から、内金五五万三五〇〇円に対する本裁判確定の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告波多野希芳は原告に対し、金五二三万二二八二円および内金四七五万六六八二円に対する昭和四九年一二月二〇日から、内金四七万五六〇〇円に対する本裁判確定の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用のうち、昭和五〇年(ワ)第一八五号事件に関して生じたものはこれを二分し、その一を原告の、その余を被告曽根義久の各負担とし、昭和五一年(ワ)第九六号事件に関して生じたものはこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

この判決の第一項および第二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  昭和五〇年(ワ)第一八五号事件(以下一八五号事件という)につき

(一)  原告

「被告曽根は原告に対し金一六九万八四〇〇円およびこれに対する昭和四九年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

(二)  被告曽根

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

二  昭和五一年(ワ)第九六号事件(以下九六号事件という)につき

(一)  原告

「被告らは原告に対し、各自金一七〇〇万円およびこれに対する昭和四九年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

(二)  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張(以下、一八五号事件と九六号事件をまとめて記載する。)

(請求の原因)

(一)  交通事故の発生

(1) 日時 昭和四九年一二月一九日午後九時五〇分頃

(2) 場所 土岐市下石町地内県道上

(3) 加害車 原動機付自転車(土岐市い五三五号、以下加害車という)

(4) 事故の態様 右日時場所において道路右側端を歩行中の原告に、その前方より対向して進行してきた被告曽根運転の加害車が衝突した。

(二)  責任

本件事故は、被告曽根が前方注視を怠つて運転していた上、対向車両の前照灯に眩惑されたこともあつて原告を発見するのが遅れたために発生したものであつて、被告曽根の前方不注視の過失に基づくものであるから、同被告は民法七〇九条により原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

また、被告波多野は、加害車の所有者であつて、本件事故当時、自己の営む新聞販売店のアルバイトとして雇用していた被告曽根に加害車を貸与していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条により加害車の保有者として原告の蒙つた後記(三)の(2)の損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

(1) 傷害による損害

原告は本件事故により頭、顔、胸腹および左大腿挫傷、脾臓破裂、左第九肋骨骨折の傷害を負い、土岐市民病院において昭和四九年一二月一九日から昭和五〇年一月二三日まで入院治療を、昭和五〇年一月二四日から同年三月二六日まで通院治療(実治療日数七日)を受け、この間に脾臓摘出手術を受けた。

右傷害により原告が蒙つた損害は次のとおりである。

(イ) 付添看護料 金四万六〇〇〇円

一日当りの看護料二〇〇〇円に付添看護を要した期間二三日を乗じたもの

(ロ) 入院雑費 金一万八〇〇〇円

一日当りの入院雑費五〇〇円に入院期間三六日を乗じたもの

(ハ) 休業損害 金四八万円

原告は本件事故当事水草の採集を業とし、これにより毎月金一六万円の収入を得ていたものであるが、本件事故により少なくとも三ケ月間休業を余儀なくされた。

(ニ) 慰謝料 金一〇〇万円

前記の傷害の部位、程度や入通院期間からすれば、傷害に対する慰謝料は金一〇〇万円が相当である。

(ホ) 弁護士費用 金一五万四四〇〇円

原告は、被告らから右各損害につき任意の弁済を受けられなかつたため、弁護士山本秀師外二名に一八五号事件の提起を委任し、その請求額(但し、右(イ)ないし(ニ)の各損害金の合計額である金一五四万四〇〇〇円)の一割に相当する金一五万四四〇〇円を支払う旨約した。

(2) 後遺障害による損害

原告は本件事故により脾臓が破裂したため、その摘出手術を受け、永久に脾臓を失つた。右後遺障害により原告が蒙つた損害は次のとおりである。

(イ) 逸失利益 金一七〇二万九三七七円

原告は、本件事故当時、満三二歳の男子で水草の採集を業とし、少なくとも年間一九〇万円以上の収入を得ていたものであるが、本件事故により脾臓を失つたため、相当の重労働を伴う右職業を継続することは不可能となり廃業するのやむなきに至つた。

ところで、脾蔵の機能は、リンパ球および白血球の一部を造成し、古くなつた赤血球あるいは白血球を破壊することにあり、種々の感染症に際しては腫大し、大出血や激しい運動をしたときには収縮し、身体中の血液の量を調節するものとされており、その摘出により感染症に対する抵抗力が低下し、血液量の調節が不十分となるので、人体に与える影響は大きい。

しかして、脾臓喪失の後遺障害により原告は労働能力を四五パーセント(労働省労働基準局長通達による労働能力喪失率表参照)喪失し、その喪失期間は原告が満六七歳に達するまでの三五年間であるから、後遺障害による原告の逸失利益は次のとおり金一七〇二万九三七七円となる。

190万円年収×0.45労働能力喪失率×19.9174ホフマン係数=17,029,377円

(ロ) 慰謝料 金三三六万円

原告は、脾臓の喪失により重労働が不可能となり転職を余儀なくされた他、病原体に対する抵抗力の低下により今後常に病気に対する不安におびやかされ続けなければならないこととなつた。しかるに、これに対する被告らの態度は、事故状況に関しては虚構の供述をし、損害の賠償に関しても僅かに被告曽根においてごく一部の損害金を支払つたのみで、被告波多野に至つては現在に至るまで一円の賠償金さえ支払つていない有様である。その他、本件事故が被告曽根の前方不注視という重大かつ一方的過失により生じたものであること等諸般の事情を考慮すると原告の後遺障害に対する慰謝料は金三三六万円が相当である。

(ハ) 弁護士費用 金一六九万一五九五円

原告は一八五号事件と同様の事情により弁護士山本秀師外二名に九六号事件を委任し、その請求額(但し、右(イ)および(ロ)の損害金の合計額から後記損害填補金を控除した残金一六九一万五九五二円)の一割に相当する金一六九万一五九五円を支払う旨約した。

(四)  損害の填補

原告は本件加害車両が無保険であつたため、自賠法七二条一項に基づき政府に損害の填補を求めた結果、金三四七万三四二五円の支払を受けた。

(五)  結論

よつて、原告は、一八五号事件につき、被告曽根に対し、前記(三)の(1)の(イ)ないし(ホ)の各損害金の合計額である金一六九万八四〇〇円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四九年一二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、九六号事件につき、被告ら各自に対し、前記(三)の(2)の(イ)ないし(ハ)の各損害金の合計額から前記(四)の損害填補金を控除した残金一八六〇万七五四七円の内金一七〇〇万円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四九年一二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告曽根の答弁)

(一)  請求原因(一)の事実のうち、原告主張の日時場所において原告と被告曽根運転の加害車が衝突したことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同(二)の事実のうち、本件事故当時被告曽根が新聞販売店を営む被告波多野にアルバイトとして雇われ、被告波多野所有の加害車を貸与されていたことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同(三)の事実は全部争う。

(四)  同(四)の事実は認める。

(請求原因に対する被告波多野の答弁)

(一)  請求原因(一)の事実のうち原告主張の日時場所において原告と被告曽根運転の加害車が衝突したことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同(二)の事実のうち、本件事故当時、被告波多野が自己の営む新聞販売店のアルバイトとして被告曽根を雇用し、同被告に自己所有の加害車両を貸与していたことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同(三)の(2)の事実のうち、原告が本件事故により脾臓破裂の傷害を受けたためその摘出手術を受け、永久に脾臓を失つたとの点は不知、その余は否認する。

(四)  同(四)の事実は認める。

(被告らの抗弁)

(一)  免責および過失相殺の抗弁(但し、免責の抗弁は被告波多野のみ)

本件事故の際、原告は道路左側部分の中央部分を左側通行し、しかも酒に酔つてふらふらしながら歩いていたもので、原告には相当程度の過失がある。

これに対し、被告曽根は法定速度以下の時速約二五キロメートルの速度で走行していたところ、たまたま対向車が減光しなかつたことにより目がくらんで前方が確認できない時点においてその前に原告がいたものであるから、被告曽根には過失はないものというべきであり、仮にあるとしてもその程度は軽いというべきである。

したがつて、被告らには損害賠償責任はないが、仮にあるとしても損害賠償額の算定に当つて原告の過失が斟酌さるべきである。

(二)  弁済の抗弁

原告が本件事故により受けた傷害の治療費は金四五万七〇三五円であつたところ、被告曽根は右治療費のうち金四五万六六五〇円を支払つた他、原告の他の損害に対する賠償金として金四五万円を支払つた。

(抗弁に対する答弁)

(一) 抗弁(一)の事実は否認する。

(二) 抗弁(二)の事実のうち、被告曽根が治療費として金一六万〇七五三円および原告の他の損害に対する賠償金として金四五万円を支払つたことは認めるが、その余は不知。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の態様について。

原告主張の日時場所において原告と被告曽根運転の加害車とが衝突したことは当事者間に争いがない。

いずれも成立に争いのない甲第一三、第一四号証、乙第一ないし第四号証(但し、甲第一三号証および乙第三号証については後記措信しない供述記載を除く)、証人曽根小夜子、同鈴木紋二の各証言、原告本人尋問(後記措信しない部分を除く)および被告曽根本人尋問の各結果を総合すると、次のような事実が認められる。

すなわち、

(一)  本件事故現場付近の道路は、別紙図面のとおり、土岐市下石町方面から同市土岐津町方面に至る南北の直線道路で歩車道の区別はなく、センターラインの表示もなされていない。道路の幅員は、下石町方面から進行すると本件衝突地点の約三メートル手前の地点までは六メートルあるが、右地点から徐々に狭くなり、衝突地点の約五メートル先からは四・五メートルになる。路面はアスフアルトの簡易舗装が施されており、事故当時は晴天で乾燥していた。また、現場付近は非市街地で人家も街路灯もないため暗く、事故当時交通は閑散であつた。

(二)  ところで、被告曽根は本件事故当時加害車を運転して時速約二五ないし三〇キロメートルの速度で下石町方面から土岐津町方面に向けて道路左側部分の中央付近(道路西端より約一・五メートル内側)を北進中、別紙図面の<1>地点で前方約三六・三メートルの地点に対向してくる普通乗用車を認め、その前照灯に眩惑されて前方の見通しが困難になつたが、そのまま進行したところ、右対向車と擦れ違つた直後<1>地点付近で前方約三・六メートルの<イ>地点付近を同方向に歩行している原告を始めて発見し、ハンドルを左に切ると同時に急ブレーキをかけたが間に合わず、×地点で加害車両の右側部分が原告の左復部、左大腿部付近に接触し、ともに転倒した。

(三)  一方、原告は、土岐市下石町方面から同市土岐津町土岐口の自宅へ帰るため、道路左側部分の中央付近(道路西端より約一・八メートル内側)を北進中本件事故に遭遇したものであるが、当時相当酒気を帯びていた上、実弟楠葉留夫との間の金銭問題について考え事をしながら下を向いて歩いていたため、交通の状況に対する注意がおろそかとなり、加害車の接近音にも気付かなかつた。

以上の事実が認められる。

ところで、原告は、その本人尋問において、本件事故に遭遇したのは土岐津町土岐口の自宅から下石町裏山の楠葉留夫方に赴くため本件道路の右(西)側端を南進していたときであると述べ、甲第一三号証および乙第三号証中にも同旨の供述記載があるけれども、右供述部分および供述記載はいずれも次の理由によりたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  証人楠葉留夫は「事故当夜の午後九時一〇分頃原告方に赴く途中、飲酒運転で警察官に検挙され、午後一一時頃帰宅したが、留守中に原告が来たかどうか妻に聞かなかつた。」とか、「原告にどういう状況で事故に遭つたか一切聞いていない。」と証言しているけれども、右証人が事故当夜原告方に赴いたのは、原告から毎月六万円宛返済して貰う約束の借金が三ケ月分も滞つていたことからその返済を催促するべく原告を自宅に呼んだものの原告がなかなか現れなかつたためしびれを切らして出向いたものであるから、留夫としては帰宅後原告が留守中に来たのかどうか確かめるのが自然と思われるし、まして、原告が本件事故に遭遇した状況について、原告と実の兄弟の関係にある留夫が原告やその妻に聞かない筈はないのであつて、右証言部分は到底措信し難く、その不自然性からみて却つて、証人留夫は、事故当夜原告が下石町方面から土岐津町方面に向かつていたという原告に不利益な事実を述べたくないために右のような証言をしたのではないかとの疑いを抱かざるを得ないこと。

(2)  原告が事故当夜自宅を出た時間に関する証人楠葉信子の証言内容は必ずしも明確でないが、証人楠葉留夫の証言と照らし合せてみると、原告は、午後九時少し前頃留夫からの電話で留夫が借金の支払催促のため原告方に間もなく来るのを知つたが、妻の信子から「留夫は取立が厳しいので、原告方で留夫から喧しく言われるより、原告が留夫方に行つた方がよい。」と言われたため、右時刻頃家を出たものと推認される。そうだとすると、本件事故現場は原告方から歩いて一〇分位のところであり、また原告方から留夫方までは精々歩いて二〇分位の距離しかないのであるから(証人楠葉信子の証言)、本件事故の発生時刻(午後九時五〇分頃)からすれば、事故当時原告が留夫方に向かう途中であつたと推測するよりは、下石町方面から自宅へ帰る途中であつたと推測する方が自然であること。

(3)  前認定のとおり原告は事故当時相当酒気を帯びていた上、原告本人尋問の結果によると、原告は事故後病院へ運び込まれる前に意識を失つたことが認められるから、事故の状況に関する記憶が不正確であつたり、その一部が欠落していたりする可能性が多分にあること。

二  被告らの責任について。

先に認定した本件事故の態様によれば、被告曽根には、対向車の前照灯に眩惑されて前方の見通しが困難になつたのに、停止徐行等の事故防止のための適切な処置をとることなく漫然と同一速度で進行した過失があり、この過失によつて本件事故が発生したものというべきであるから、同被告には民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

また、被告波多野が加害車の所有者で、本件事故当時自己の営む新聞販売店のアルバイトとして雇用していた被告曽根に加害車を貸与していたことは当事者間に争いがないところ、前述のとおり被告曽根に過失があつたことは明らかであつて、被告波多野の免責の抗弁は理由がないから、同被告には自賠法三条に基づく賠償責任があるものというべきである。

三  原告の損害について。

(一)  傷害による損害

成立に争いのない甲第一ないし第五号証によれば、原告は本件事故により原告主張の傷害を負い、土岐市民病院において原告主張の期間入院ならびに通院治療を受け、脾臓摘出の手術を受けたことが認められる。

(1)  付添看護料

右甲第一号証および証人楠葉信子の証言によれば、原告は昭和四九年一二月一九日から昭和五〇年一月一〇日までの二三日間は付添看護を要する病状であつたため、妻の楠葉信子が付添看護をしたことが認められるから、原告は一日当り金二、〇〇〇円、総額金四万六〇〇〇円の付添看護料相当額の損害を蒙つたものと認めるのが相当である。

(2)  入院雑費

前認定のとおり原告は三六日間入院治療を受けたのであるから、一日当り金五〇〇円、総額金一万八〇〇〇円の入院雑費を要したものと認定するのが相当である。

(3)  休業損害

成立に争いのない甲第六号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証の一、二、前記甲第一三号証、証人楠葉信子の証言ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時盆栽用の水苔採取を業としていたもので、例年三月から一一月までは水苔採取に、シーズンオフの一二月から二月までは山苔採取や松竹梅の鉢植の販売に従事し、右事業による収益は年間一九〇万円を下らなかつたが、本件事故により少くとも三ケ月間は休業を余儀なくされたことが認められ、証人森咲子の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は本件事故により金四七万五〇〇〇円の休業損害を蒙つたものというべきである。

(4)  傷害に対する慰謝料

前認定の傷害の部位、程度および入通院期間からすれば、傷害に対する慰謝料は金五〇万円が相当である。

(5)  治療費

前記甲第四および第五号証によれば、本件事故により原告が受けた傷害の治療に金四五万七〇三五円を要したことが認められる。

なお、原告は治療費を現実に負担していないため、これを損害項目の一つとして主張していないけれども、被告らから治療費支払の抗弁が出されている上、本件は後述のとおり過失相殺をなすべき事案なので、その前段階としてまず治療費を含む全損害額を確定する必要があるというべきである。ところで、同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上および精神上の損害の賠償請求における訴訟物は一個と解されるから、右のように原告の主張しない損害項目について損害額を認定し、これを賠償額算定の基礎資料としても当事者の申立てない事項について判決をしたことにはならないし、また、治療費として前認定の金額を要したとの主張自体は被告らからなされているのであるから、狭義の弁論主義にも違反していないものというべきである。

(二)  後遺障害による損害

(1)  逸失利益

原告が本件事故当時水苔採取を業とし、例年三月から一一月までは水苔採取に、一二月から二月までは山苔採取や松竹梅の鉢植の販売に従事し、右事業による収益は年間一九〇万円を下らなかつたことおよび本件事故により脾臓を喪失したことは前認定のとおりであるが、証人楠葉信子の証言により真正に成立したものと認められる甲第一一号証、前記甲第一三号証、証人楠葉信子の証言および原告本人尋問の結果によれば、更に次のような事実が認められる。

すなわち、水苔採取業の仕事の内容は、予め山林所有者の承諾を得た上、山へ入つて自然に生えている水苔を採取し、南京袋(一袋の重量は二五ないし三〇キログラム)につめて山から担ぎ出し、自宅へ持帰つて空地で乾燥させ、選別のうえ梱包し、自宅へ引取に来る仲介業者等に渡すというかなり体力を要するもので、原告の妻信子も原告と一緒に山へ行つて水苔採取をしたり、選別作業を手伝つたりしていたこと、右事業における原告とその妻との寄与率について、原告の妻は、原告が三分の二、妻が三分の一程度の割合であると述べていること、ところで、原告は、昭和五〇年六月頃から再び水苔採取業を始めてみたが、事故前と違つて重労働に到底体が耐えられないため少ししただけで事業の継続を断念し、昭和五一年三月に宮崎県日南市のパチンコ店に店員として就職するまで家でぶらぶらしていたこと、右パチンコ店では店内見廻りの仕事に従事し、昭和五一年度に年間金九〇万九五五六円の給与所得を得たが、昭和五二年三月頃右パチンコ店もやめ、現在は熊本市で図書のセールスマンとして働き、一ケ月約七万五〇〇〇円の給料を得ていること、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

よつて、右認定事実をもとにして、本件事故後に如何程の収入減が生じたかをまず計算してみるに、水苔採取業における原告の妻の寄与率は三〇パーセントと認定するのが相当であるから、事故前における原告個人の実質的な年収額は金一三三万円というべきであり、これから前認定の事故後の年収額金九一万円を控除すると、実質的な減収額は金四二万円となる。

そこで、更に進んで、右認定の収入減が脾臓喪失の後遺障害に基づくものであるか否かの点について考えるに、成立に争いのない甲第一二号証、前記甲第一三号証、証人楠葉信子の証言および原告本人尋問の結果によれば、脾臓は血球の破壊、新生や鉄、細菌その他異物の捕捉、循還血量の調節などに参与する臓器であるが、脾臓摘出後も原告の日常生活には特別支障を来たしていないこと、しかし、病気をしたりすると体が極端に疲労するため、医者からは無理をしないように言われており、水苔採取業のような重労働はできないこと、また、原告の妻の目からみても、事故前の原告は健康そのものであつたのに、事故後はよく風邪を引くようになり、一生懸命頑張つたときは目眩を訴えたりする他、精神面でも無気力になつたことが認められるから、前認定の収入減は脾臓喪失の後遺障害に基づくものと認定するのが相当である。

ところで、原告が主張するように労働基準局長通達による労働能力喪失率表によれば、脾臓喪失の後遺障害による労働能力喪失率は四五パーセントとされているのであるが、右喪失率表はもともと身体障害と経済的労働能力の喪失との関係を科学的に調査して作成されたものでない上、特に脾臓に関しては、その機能自体に医学上未解明な点があり、脾臓摘出が成人の身体に及ぼす影響も必ずしも明確とはいえないようであるから(判例時報六〇九号六〇頁参照)、右喪失率表記載の喪失率は決定的な基準たり得ないものといわざるを得ず、結局のところ前認定の事故後に現実に生じた原告の実質的な収入減をもつて逸失利益と認定するより他ないというべきである。

しかして、前記甲第一号証によれば、原告は本件事故当時満三二歳の男子であつたことが認められるところ、脾臓喪失の後遺障害による労働能力の喪失は、稼働可能期間の末期である満六七歳まで継続するものと解されるから、三五年間の逸失利益の本件事故時における現価は次の算式のとおり金八三六万五三〇八円となる。

42万円年間逸失利益×19.9174ホフマン係数=8,365,308円

(2)  慰謝料

前認定の後遺障害の部位、程度、原告の年齢、後遺障害により生じた生活および健康状態の変化、その他諸般の事情(但し、原告の過失は除く)を考慮すると、後遺障害に対する慰謝料は金三三六万円が相当である。

四  原告の過失割合について。

前認定の事故の態様によれば、原告にも、その進行方向からみて道路左側部分の中央付近を左側通行していた過失や事故当時相当酒気を帯び、しかも金銭問題について考え事をしながら下を向いて歩いていて周囲の交通の状況に対する注意がおろそかとなつていた過失があつたものというべきである。

なお、被告らは、事故当時原告は酒に酔つてふらふらしながら歩いていたと主張し、前記甲第一四号証、乙第二号証および被告曽根本人尋問の結果中には、右主張に副う同被告の供述記載や供述部分があるけれども、前認定のように被告曽根は原告と約三・六メートルの至近距離に接近するまで原告には全く気付いていなかつたのであるから、衝突直前の原告の瞬間的状況ならばともかく原告の歩きぶりを観察するだけの時間的余裕はなかつた筈であつて、右供述部分や供述記載はたやすく措信できないものといわざるを得ず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

しかして、本件事故の発生したのが歩行者からは接近車両の発見が容易な夜間であつたこと、事故現場は歩車道の区別のない道路であること、被告曽根の過失程度等の諸事情を総合して考えると、原告の過失割合は二五パーセントと判定するのが相当である。

五  損害の填補について。

原告が本件事故により受けた損害の填補金として政府から金三四七万三四二五円の支払を受けたこと、被告曽根が原告の治療費として金一六万〇七五三円、原告の他の損害に対する賠償金として金四五万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第五号証の一ないし一二によれば、被告曽根は土岐市に対し原告の治療費金二九万五八九七円を支払つたことが認められる。

六  被告らの支払うべき損害賠償額(但し、弁護士費用は除く)について。

(一)  被告曽根の損害賠償額

第三項において認定したとおり弁護士費用以外の全損害の合計額は金一三二二万一三四三円であるから、これに過失相殺を施した上、前認定の損害填補額を控除すると、被告曽根の損害賠償額は次の算式のとおり金五五三万五九三二円となる。

13,221,343円×0.75-4,380,075円=5,535,932円

(二)  被告波多野の損害賠償額

一八五号事件については既に被告波多野に対して判決言渡があり、同被告の控訴により現在控訴審に係属中であることは記録上明らかであるところ、前認定の損害項目のうち付添看護料、入院雑費、休業損害および傷害慰謝料に関しては右事件において請求がなされているから、この分の損害額を全損害額から控除した上、前同様過失相殺をなし、次いで損害填補額を控除すると、被告波多野の損害賠償額は次の算式のとおり金四七五万六六八二円になる。

(13,221,343円-1,039,000円)×0.75-4,380,075円=4,756,682円

七  弁護士費用について。

原告が弁護士山本秀師外二名に一八五号事件および九六号事件の提起を委任し、右各請求額の一割相当額の支払を約したことは弁論の全趣旨により認められるところ、本件訴訟の難易、審理期間および認容額からすれば、被告らに負担せしむべき弁護士費用は前項において認定した各被告の損害賠償額の一割相当額、即ち被告曽根については金五五万三五〇〇円、被告波多野については金四七万五六〇〇円とするのが相当である。

そうすると、被告曽根が支払うべき総額は金六〇八万九四三二円、被告波多野が支払うべき総額は金五二三万二二八二円となる。

八  結論

以上の次第であるから、原告の本訴各請求は、被告曽根に対しては金六〇八万九四三二円および弁護士費用を除く内金五五三万五九三二円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四九年一二月二〇日から内金五五万三五〇〇円(弁護士費用)に対する本裁判確定の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告波多野に対しては金五二三万二二八二円および弁護士費用を除く内金四七五万六六八二円に対する昭和四九年一二月二〇日から、内金四七万五六〇〇円(弁護士費用)に対する本裁判確定の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるが、その余はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 棚橋健二)

別紙 <省略>

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